アカシックリーダーの瞑想ブログ

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仙人の修行は、もう終わりかもしれない

もう一人で悟らなくてもいい
孤独な修行から、つながりの修行へ

かつて、修行というものは、どこか孤独なものでした。

社会から離れる。
人との関わりを断つ。
静かな場所にこもり、一人で黙々と内側に向き合う。

山に入る。
寺に入る。
誰とも話さず、ただ自分自身を見つめ続ける。

そういう修行には、たしかに大切な意味があります。

私自身、インドを旅したり、現地で瞑想や修行の空気に触れる中で、一人になることの大切さを何度も感じてきました。

インドでは、言葉も文化も常識も違います。

日本で当たり前に持っていた感覚が、少しずつ剥がれていくような時間があります。

人との距離。
生きること。
死ぬこと。
神聖さと混沌。

そういうものが、きれいに整理されないまま、ただ目の前に現れてくる。

その中で、自分が何を握りしめていたのか、何に怯えていたのか、何を信じようとしていたのかが見えてくることがあります。

一人になることでしか、聞こえてこない声があります。

だから、孤独の時間はとても大切です。

分離の時代の修行

アカシックリーディングイメージ

2010年以前の修行やスピリチュアルな探求には、「分離」の質が強かったように感じます。

一人で耐える。
一人で乗り越える。
一人で深く入る。
一人で悟りに近づいていく。

誰にも頼らず、自分の内側だけを頼りに進んでいく。

それは美しくもあります。

けれど同時に、少し硬さもありました。

「深くなりたいなら、人と関わってはいけない」
「本当の修行は、孤独の中にある」

そんな空気が、どこかにあったように思います。

もちろん、一人になる時間は必要です。

人の声から離れなければ、自分の本音がわからなくなることがあります。

けれど、一人でいることだけが深さではない。

今は、そのことを強く感じています。

ユニティの時代へ

2010年以降、世界の意識の流れは、少しずつ「ユニティ」へ向かっているように感じます。

ユニティとは、ただ仲良くすることではありません。

みんなで同じ考えになることでもありません。

違うまま、つながること。

それぞれが違う感性、違う人生、違う痛み、違う才能を持ったまま、それでも深いところで響き合っていくこと。

自分を失わずに、人と関わること。

一人で立ちながら、共に在ること。

それが、これからの時代の修行なのかもしれません。

人と関わることも修行になる

アカシックリーディングイメージ

人と関わることは、簡単ではありません。

一人で瞑想している時には見えなかったものが、人と関わった瞬間に出てきます。

認められたい心。
わかってほしい心。
比較する心。
正しくありたい心。
嫌われたくない心。
距離を取りたくなる心。

一人でいる時は、わりと穏やかでいられます。

けれど、誰かと関わると、自分の未熟さが出ます。

癖が出ます。
防衛反応が出ます。
本当は見たくなかった部分が、ふと顔を出します。

でも、それもまた修行です。

人と関わることで、自分の中にある分離が見えてくる。

そして、その分離に気づくことで、少しずつ統合が起きていく。

これが、ユニティの時代の学びなのだと思います。

一人の静けさと、場の力

私は、一人の時間をとても大切にしています。

静かに座る時間。
呼吸を感じる時間。
誰にも説明できない感覚を、自分の中で確かめる時間。

これは、なくしてはいけないものです。

けれど、それだけでは開かない領域もあります。

人と関わることでしか開かない感覚があります。

場の中でしか動かない気づきがあります。

誰かの言葉を聞いて、自分の中の何かがほどけることがあります。

誰かの変化を見て、自分もまた変わっていいのだと思えることがあります。

一人では辿り着けなかった場所に、場の力によって運ばれることがあります。

これは、集団だからこそ起きる変容です。

もう一人で悟らなくてもいい

アカシックリーディング東京

昔の修行が、「一人で深く入っていく道」だったとするなら、これからの修行は「関係性の中で磨かれていく道」なのかもしれません。

もちろん、誰かとつながる前に、自分自身とつながることは必要です。

自分を見失ったまま、人に合わせることはユニティではありません。

自分を消して、場に溶けることもユニティではありません。

本当のユニティとは、自分を持ったまま、他者と響き合うこと。

違いを消すのではなく、違いがあるからこそ深まる関係性を育てること。

孤独の中で自分に戻り、関係性の中で自分を知る。

一人で整え、共に高め合う。

これからの時代、修行はもっと開かれていくのだと思います。

山の中だけではなく、日常の人間関係の中に。

特別な場所だけではなく、誰かと向き合う一瞬の中に。

孤独にこもる修行から、つながりの中で磨かれる修行へ。

分離の時代から、ユニティの時代へ。

その変化は、もう始まっているように感じます。

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